1 どんな事例か
棄却。書面添付制度における意見聴取の在り方や調査への移行は、請求人が調査での指摘を受けて修正申告書を提出したという事実の評価に影響を及ぼすものではない、と判断された。
1-1 事実関係
請求人は、所得税等の確定申告書を法定申告期限までに提出した。この申告書には、相続税額の取得費加算(租税特別措置法39条)に係る明細書、税務代理人を記載した税務代理権限証書、および取得費加算額等について記載された税理士法33条の2第1項の書面(添付書面)が添付されていた。
その後、税務署は書面添付制度に基づく意見聴取を実施したが、請求人の主張によれば、この場で調査担当職員は取得費加算額に関する個別・具体的な質疑を行わず、計算誤りも指摘しなかった。意見聴取の約1週間後に調査の事前通知が行われ、実地調査に移行している。
| 時期 | 内容 | 加算税との関係 |
|---|---|---|
| 確定申告 | 取得費加算額に関する添付書面を付して申告 | — |
| 意見聴取 | 実施(請求人の主張では、個別・具体的な質疑や計算誤りの指摘はなかった) | 調査通知前 |
| 約1週間後 | 調査の事前通知 | 調査通知後 |
| 翌月 | 実地調査の開始 | 5% |
| 調査中 | 調査担当職員が税務代理人に対し、取得費加算額の計算に誤りがある旨の書面を送付 | 指摘 |
| 約2か月後 | 調査結果の内容説明、修正申告の勧奨 | 予知 |
| 翌日 | 請求人が修正申告書を提出 | 10% |
| その後 | 過少申告加算税の賦課決定処分 → 審査請求 | — |
1-2 何が問題になったのか
申告の非違の内容は、取得費加算額の計算誤りであった。つまり、意見聴取の場でその点が話題になっていれば、調査に移行する前に自主的に修正申告ができ、過少申告加算税は課されずに済んだ可能性が高い事案である。
意見聴取における質疑等のみに基因して修正申告書が提出された場合、その提出は更正があるべきことを予知してされたものには当たらないとされているためである(書面添付制度に係る事務運営指針)。
そこで請求人は、意見聴取が事務運営指針どおりに行われなかったこと自体を問題とし、加算税の賦課決定処分の取消しを求めた。
この事案を理解するには、調査通知と事前通知の違い、および意見聴取がどの段階に置かれているかを押さえておく必要がある。その整理はこちらのページにまとめている。
2 争点と請求人の主張
修正申告書の提出が、国税通則法65条6項に規定する「その申告に係る国税についての調査があつたことにより当該国税について更正があるべきことを予知してされたものでない場合」に該当するか。
請求人の主張(要旨)
原処分庁は、意見聴取において書面添付制度に係る事務運営指針に従って個別・具体的な質疑を行い、疑問点の解明等を行う義務がある。そのうえで、
- 意見聴取が事務運営指針どおりに行われていれば、調査へ移行する前に取得費加算額の計算誤りは判明し、修正申告することができた
- 意見聴取の場で計算誤りを指摘しなかったことは税務署職員の義務違反であり、調査への移行は事務運営指針に反した結果行われたものである
修正申告について、国税通則法65条5項1号に規定する「正当な理由」があると認められるか。
請求人の主張(要旨)
修正申告書を調査移行後に提出することになったのは、意見聴取が事務運営指針に従って正しく行われなかった結果、必要のない調査に移行したためである。
主張の構造
請求人の主張は、いずれも「意見聴取が適切に行われていれば加算税を課されずに済んだのだから、その手続の不備を処分の当否に反映させるべきだ」という組み立てになっている。
その根拠として挙げられたのが、事務運営指針の次の記述である。
(個人課税部門における書面添付制度の運用に当たっての基本的な考え方及び事務手続等について(事務運営指針)第2章第2節3)
3 審判所の判断(棄却)
3-1 争点1について
- 更正の予知の有無は、国税通則法65条6項の文言および趣旨からすると、調査の内容・進捗状況、それに関する納税者の認識、修正申告に至る経緯、修正申告と調査の内容との関連性に係る各事情を総合考慮して判断すべきである。
- 請求人は調査を受け、調査担当職員から取得費加算額の計算誤りがある旨の指摘を受けて修正申告書を提出したのであるから、「更正があるべきことを予知してされたものでない場合」には該当しない。
- 意見聴取における質疑等は、特定の納税義務者の課税標準等または税額等を認定する目的で行う行為に至らないものであり、意見聴取後に調査を行うことが排除されるものではない。したがって、意見聴取の場で課税標準等に関する質疑が行われずに調査に移行したとしても、事務運営指針に反するとはいえない。
- 加えて、税理士法35条4項のとおり、意見聴取の有無はその調査に係る処分に影響を及ぼすものと解してはならないとされている。本件意見聴取の在り方や調査への移行は、請求人が調査において指摘を受けてから修正申告書を提出したという事実の評価に影響を及ぼすものではない。
3-2 争点2について
- 「正当な理由」があると認められる場合とは、真に納税者の責めに帰することのできない客観的な事情があり、過少申告加算税の趣旨に照らしても、なお納税者に過少申告加算税を賦課することが不当または酷になる場合をいう(最高裁平成18年4月20日第一小法廷判決・民集60巻4号1611頁参照)。
- 本件確定申告が過少申告となったのは、請求人が取得費加算額の計算を誤って申告したためであり、税法の不知もしくは誤解によるものと認められるから、真に納税者の責めに帰することのできない客観的な事情があるとはいえない。
- そもそも「正当な理由」は、当初の確定申告の税額計算の基礎とされなかったことについて問われるものである。意見聴取が行われたのは確定申告をした後のことであるから、確定申告が過少申告となったことの正当な理由とはなり得ない。
争点2の判断は、時系列に着目した明快な整理になっている。「正当な理由」は申告の時点で過少申告となったことの理由を問うものであり、申告後に行われた意見聴取の在り方は、その理由になり得ない。手続の不備を「正当な理由」に読み替えることはできない、ということである。
4 実務への示唆
4-1 意見聴取の効力は「機会の付与」にとどまる
税理士法35条1項が義務付けているのは、意見を述べる機会を与えることである。次の点は一切法定されていない。
- 当局側がどのように応答しなければならないか
- どの程度まで疑問点を開示しなければならないか
- 発見している非違を意見聴取の場で示さなければならないか
つまり、意見聴取は税理士が意見を述べる場であって、当局が手の内を明かす場ではない。ここが、実務家が抱きやすい期待とのズレの出発点になる。
4-2 決め手となる税理士法35条4項
意見聴取が行われなかった場合ですら、それを理由に処分の効力を争えない。まして「意見聴取は行われたが内容が形式的だった」という主張が処分の取消事由になる余地は乏しい。
意見聴取の不備を理由に加算税の賦課決定処分を争う筋は、現行法の下では極めて厳しいと理解しておく必要がある。
4-3 「調査ではない」という位置づけは両刃である
意見聴取における質疑等が「調査」に該当しないという整理は、二つの方向に働く。
納税者に不利に働く面
意見聴取は調査ではないから、質疑が尽くされなくても、その後に調査へ移行することは妨げられない。「意見聴取で指摘してくれていれば加算税を課されずに済んだ」という主張は、制度の建付け上、成り立たない。本裁決で顕在化した面。
納税者に有利に働く面
意見聴取の質疑等のみに基因して修正申告書が提出されても、更正の予知に当たらない。調査通知前であれば、過少申告加算税は課されない。これが制度本来のメリットである。
4-4 期待ギャップの構造
| 実務家が抱きやすい期待 | 制度の建付け |
|---|---|
| 意見聴取で疑問点を出し合い、誤りがあれば指摘してもらえる | 意見聴取は税理士が意見を述べる機会。当局に非違の開示義務はない |
| 事務運営指針が「個別・具体的に質疑を行う」と定めている以上、それは義務である | 事務運営指針は当局内部の事務処理の指針であり、納税者に権利を与えるものではない |
| 手続が不十分なら処分は違法になる | 税理士法35条4項が、処分の効力への影響を明文で否定している |
4-5 それでも意見聴取には実務上の価値がある
理由は一つ、加算税を課されずに自主修正できる最後の機会だからである。
- 意見聴取は調査通知の前に行われるのが原則(書面添付制度に係る事務運営指針 第2章第2節1)
- 意見聴取の質疑等のみに基因する修正申告は、更正の予知に当たらない(同 第2章第2節3)
- 調査通知前かつ更正の予知前の修正申告には、過少申告加算税は課されない(国税通則法65条6項)
事務運営指針は、意見聴取の連絡を調査通知予定日の1〜2週間前までに行うとしている。この1〜2週間が、加算税を課されずに申告内容を洗い直せる実質的な最終期間である。
本裁決の教訓は「意見聴取に期待するな」ではなく、「意見聴取を受け身で迎えるな」である。
当局が非違を示唆してくれることを前提に構えるのではなく、意見聴取の連絡を受けた時点から自ら申告内容を再検証する。本件で問題となったのは取得費加算額の計算誤りという単純な非違であり、この期間に検算していれば、加算税は課されずに済んだ可能性が高い。
4-6 記録を残す
本件で請求人は「意見聴取において個別・具体的な質疑が行われなかった」と主張した。仮にこの主張が法的に意味を持つ場面(たとえば調査通知の時期をめぐる争い)であったとしても、それを裏付けるのは受け手側の記録以外にない。事前通知も調査通知も電話・口頭で行われ、書面は交付されないからである。
一方、税務署側は意見聴取について「応接簿」を作成し、相手方・応接者・応接日時・聴取内容・調査への移行の有無などを記載して決裁を経たうえで保管している(書面添付制度に係る事務運営指針 第2章第2節4)。
この記録の非対称を放置すべきではない。意見聴取や税務署からの連絡については、日時・相手方の官職氏名・やり取りの内容を、その日のうちに記録しておくことが必要である。
5 根拠条文
e-Gov法令検索および国税庁ホームページで確認した2026年7月時点の内容。